「許し」は大事だけど、マウンティングされない方法も必要だ

自由に幸せに生きていくために「許し」は必要だけど、「許し」さえすればOKってわけじゃない。

例えば、こういうことを日常的にする人がいたとする……。

  • 笑い話、軽い冗談めかして、さらっと失礼なことをいう
  • 軽いイジリっぽく、人を落とす
  • ツッコミ?軽く叩くマネをする

これ全部、「マウンティング」してもいい人を選別する、無意識の行為って言われてて。

こういうことされて、内心ムッとしたけど、

「大げさに怒るのは大人げないし、雰囲気悪くしちゃうから。ここは、気が付かなかったってことにして、「この人は面倒」認定だけにして、今は許してしまおう」

っていうのは、超キケン。

 

「面倒な人」って、けっこうな割合で「人気者」っぽくなっている時があって

「人気がある人なんだから、本当は悪い人じゃないんだろう……」「面倒なのも、もしかしたら魅力の一つなのかもしれない……」みたいなバイアスがかかっちゃうときがあるかもしれないんだけど、

違うから。

人気者っぽく見えるのは、利害関係の一致とか、人気が人気を呼んでいただけとか、そういう可能性の方が高いから。

ラーメン屋の前に行列があると人気店だと思われて、ますます行列が長くなる。あれみたいなもんだから。

 

人気、というのは魔物。魅入られると、あっという間に自分も人も見失う。

人気があれば、自分に価値があるように思え、人気がなくなれば、価値なんてないんだと絶望してしまう。

マウンティングしてまで、自分の下に人を置きたがる人は、

人の上に立つことが「人気」なんだと思っているんだよね。

冗談めかしてひどいことを言い、自分の支配下に入る人間を選別するような人は、自分の下に生け贄を置かなければ、一人で立つことすらままならないってこと。

それは不自由で、誰よりも自分に枷を強いる生き方ではあるんだけど、

選択しているのは、その人本人なわけだ。

枷だとか上下関係だとかにうっとりする人は、「そういう趣味の人なんだな」という認識を持てばいいだけなんだよね。

自分とは違う趣味の人だけど、人の趣味に貴賎はない。そして趣味が違う人と、無理やり関わる必要もない。

ゆるやかに距離を取りつつ、お互いの趣味を尊重することを「許す」のが、自由に生きるための大事な「許し」だよねー。と、私は思うわけです。

 

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