「いつ裏切られてもいいように」生きていたら、当然、裏切られる

いつ裏切られてもいいように生きていたら、当然、裏切られる

はなから「信用していない」んだから。いつ「裏切られても」想定内なんだから。その時、慌てて不甲斐ない姿をさらさないで済むよう、最初から強く生きていかなくちゃ。

  • 会社を辞めなきゃならなくなったって
  • 夫が失業したって
  • 浮気されたって
  • 病気になってしまったって

大丈夫、私は一人でやっていける。子供を守りながら、絶対に強く生きていく。

 

その健気な覚悟って……
結局、「自分の人生」を信用していないってことなんだよね。

実際には、「自分の人生」をいくら信用していたって、

  • 自然災害はおきるし
  • 病気になるし
  • 仕事がうまくいかないし

そういう、悲しいこと、辛いことはおきる。この地球上で生かしてもらっていて、一個も悲しいことおきないってことはない。必要以上にショックを受けないように慌てないように困らないように。万全の準備をして、対策をして、考えて行動していても、おきるときはおきるんだから。

最初から覚悟とか、しなくてもよくない?そんなにシリアスに生きなきゃいけない理由はないと思わない?

 

この地球で生きていて、絶対に転ばずに済むわけないんだから
どうやったら失敗しないか、ガチガチに緊張して生きるよりも……

転ぶ痛みや、失敗の恥ずかしさに耐えられる強さ自らに課すよりも、笑い飛ばせる自分の方がいいな。

「転ばない方法を発見するんだ♡」って思っていれば、転ぶことすら一つの経験。転ぶのを見るのが可哀想だからって、その経験を最初から取り上げる方が、余計なお世話。

「ほらほら、転ぶと思ってたよ。転ばない方法教えてあげるよ」って手を出されたら、せっかくの冒険が台無しになっちゃうし。冒険、わくわくと楽しんでいるのかもしれないのに。

「教えて」って、お願いしてもいなのに、勝手に口や手をを出さないで!って感じだよね

先達の教えや親切心は、相手に請われてからじゃなきゃ、ただのおせっかいだからね。

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俗にいう、因果応報ってやつだって
「見る方向」を変えてみたら……

ひどいことをすれば、ひどいことをされる」みたいな使い方することが多いけど。逆の使い方になってたら、永遠に“ひどいこと輪廻”から出られない。

どうせひどいことをされるんだから、最初からうっすらひどいことをしてもいいよね……どうせひどいことされるんだし。

みたいなことになる。なに、その思春期。いや、思春期上等ではあるけれど。

お互いに傷つけあって愛を確かめるのも、「ほらほら、転ぶと思ってたよ。転ばない方法を教えるよ」って、一方的に教えられるのも、いつまでも子供扱いしないで!って感じだし

 

いったい、この地球になんのために生まれてきたと思っているの?
人に愛されてないことを確かめるため?人にただ教えを乞うため?

なんでそんなに、自分以外の人のものさしが必要だと思ってしまうんだろう。

愛したければ愛し、学びたければ、学ぶ。

愛も知識も心も体も、まず自分がなにを欲し、なにを選んで、その結果としての学びにしたいと思っているのか、なのにね

 

つまり、何が言いたいか。っていうと……

愛だけ、答えだけを、ぽんと目の前に置かれても、つまんなくない?

外に出て人や物事と関わりながら、我が血となり肉となるものを選び、それを手にする過程、すべてがこの人生の意味。

愛して欲しいから愛する。愛されていることを確かめるために試すなんて、まどろっこしいことしていたら、せっかくの人生がもったいない。

人生に、冒険と愛と勇気を!

という、結局は少年漫画みたいな結論(笑)だって欲しいよねえ?愛と勇気と冒険は!


有我咲英 ariga sakie 作家・自己啓発小説家


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